うまくできなかった日も、あなたを愛していました。
MIRAISえほんに込めたいこと
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子どもを愛しているのに、笑顔でいられなかった日があります。
早く寝てほしいと思った夜があります。
少しだけ、ひとりになりたいと思った瞬間もありました。
これは完璧な親のための絵本ではありません。
うまくできなかった日も、それでも子どもを愛していた親のための絵本です。
おはようございます。なおなおです。
現在、私が関わっている育休コミュニティ「MIRAIS(ミライズ)」の中で
有志のメンバーと一緒に
オリジナルの絵本づくりというプロジェクトを進めています。
イラストレーターさんと打ち合わせをしたり
自費出版の相場を調べて頭を抱えたり
どんな形なら本当に届けられるのかを考えたり。
今まさに、かなり泥臭く動き回っている真っ最中です。
今日はそもそも、なんで私がMIRAISで絵本を作ろうと思ったのかという
原点の部分を書いてみたいと思います。
結論から言うと、実は私
最初から「どうしても絵本という作品を世に残したい!」
という情熱でスタートしたわけではありません。
もちろん、絵本は好きです。
子どもと一緒に読む時間も好きです。
でも、私が本当に作りたいと思ったのは
ただの「読むための絵本」ではありませんでした。
私が作りたかったのは
残すための絵本でした。
うまくできなかった日も、あなたを愛していました
子育てってきれいごとだけでは語れません。
小さな手。
かわいい寝顔。
ぎゅっと抱きついてくるぬくもり。
ふとした瞬間に「この子がいてくれてよかった」と思う
胸がいっぱいになるような時間。
そういう愛おしさがある一方で、毎日はそんなに美しい場面ばかりではありません。
怒ってしまった日。
早く寝てほしいと思った夜。
ひとりになりたいと思った瞬間。
ちゃんとできない自分を責めた日。
子どもを愛しているのに、笑顔でいられなかった日。
親になったからといって、急に完璧な人間になれるわけではありません。
むしろ、親になったことで
自分の未熟さや余裕のなさに何度も向き合うことになりました。
でも。
その奥には、いつも子どもへの愛がありました。
うまくできなかった日も。
怒りすぎてしまった日も。
早く寝てほしいと願ってしまった夜も。
自分の時間がほしくて、少しだけ逃げ出したくなった瞬間も。
それでもあなたを愛していました。
MIRAISえほんの真ん中には、この言葉を置きたいと思っています。
うまくできなかった日も、あなたを愛していました。
これは親子愛をきれいに美しく描くための言葉ではありません。
むしろ、きれいにできなかった日々の中にも
確かに愛があったことを残すための言葉です。
読む絵本ではなく、残す絵本
私たちが作ろうとしているのは
ただ子どもに読み聞かせるための絵本ではありません。
もちろん子どもと一緒に読めるものにはしたいです。
物語としても、絵としても、ちゃんと楽しめるものにしたい。
でも、それだけではないんです。
MIRAISえほんは
今しか残せない親の気持ちを未来のわが子へ手渡すための愛の記録
にしたいと思っています。
子育ての日々は過ぎてしまうと本当に忘れていきます。
あんなに大変だったはずなのに。
あんなに泣いたはずなのに。
あんなに悩んだはずなのに。
気づくと少しずつ輪郭がぼやけていく。
子どもの小さな手の感触も、夜中に何度も起きた記憶も
食べてくれなくて途方に暮れたことも
イヤイヤ期に心が折れそうになったことも。
そのときは必死すぎて、記録する余裕なんてなかったりします。
でもその中に確かにあった愛まで、なかったことにはしたくない。
子どもが大きくなったときに
「あなたが小さかった頃、私は完璧な親ではなかったかもしれない」
「でも、あなたのことをずっと大切に思っていたよ」
「うまくできなかった日も、あなたを愛していたよ」
そう伝えられるものを残したい。
だからこれは、読む絵本でありながら、
未来に残す絵本なんです。
MIRAISだから作れる理由
親子愛を描いた絵本は、世の中にたくさんあります。
すばらしい絵本も、心に残る物語も
すでにたくさんあります。
では、なぜわざわざ私たちが作るのか。
それは、MIRAISには
今まさに子育ての渦中にいる親たちの「生きた声」があるからです。
MIRAISには、育休中の人、復職を控えている人
乳幼児の子育てをしながら
自分のこれからを考えている人たちがたくさんいます。
子どもと濃密に過ごした時間が、少しずつ一区切りを迎えていく時期。
仕事に戻る不安。
自分のキャリアへの焦り。
このまま私は、私の人生をちゃんと歩けるのだろうかという問い。
でも同時に、今のこの強烈な愛おしさを忘れてしまいそうで
少し怖い感覚。
そんな葛藤のど真ん中にいる私たちだからこそ
書けることがあると思っています。
これは、子育てを美談にする絵本ではありません。
「母ってすばらしいよね」
「親の愛って尊いよね」
それだけで終わらせたいわけではありません。
そうではなくて、
子どもは大切。
でも、自分も大切にしたい。
子どもを愛している。
でも、ひとりになりたい日もある。
親になった喜びと、親になったことで見えなくなりそうな自分。
その両方を抱えながら、それでも日々を生きている親たちのリアルな気持ちを
物語にしたいのです。
机の上で考えた「親の気持ち」ではなく
今まさにその中にいる人たちの声から生まれる絵本。
そこにMIRAISえほんの意味があると思っています。
ルナに、親の気持ちを託したい
そして今回、この親の複雑な気持ちを物語にしていくうえで
大事な存在があります。
それが、CNP(CryptoNinja Partners)のうさぎのキャラクター、ルナです。
ルナはとてもかわいらしいキャラクターです。
でも今回、私がルナに託したいのは
ただのかわいさだけではありません。
親の気持ちって、そのまま言葉にすると
どうしても重たくなりすぎることがあります。
「本当はつらかった」
「わかってほしかった」
「助けてほしかった」
「でも、愛していた」
こういう言葉は大切だけれど、そのまま出すと
読む人によっては少し苦しくなるかもしれない。
だからこそ、ルナにその気持ちを託したいと思いました。
ルナが迷う。
ルナが怒る。
ルナが泣く。
ルナが走る。
ルナが立ち止まる。
ルナがもう一度大切なものを抱きしめる。
キャラクターだからこそ
親の本音をそのまま押しつけずに届けられる。
ルナが私たちの感情のシンボルとして物語の中で動いてくれることで
親の痛いほどリアルな気持ちが、少しやわらかく
でもちゃんと深く届くのではないかと思っています。
そして、この絵本はCNPを知っている人だけに向けたものにはしたくありません。
CNPを知らない人にも届くように
ルナの物語として自然に読める絵本にしたいと思っています。
ルナは、私たちの中にある
言葉にしづらい気持ちを運んでくれる存在。
親の感情を、未来の子どもへ届けるための存在。
そんなふうに育てていきたいです。
大人の文化祭で終わらせたくない
正直に言うと
最初は「みんなで絵本を作れたら楽しそう」という気持ちもありました。
大人になってから、誰かと一緒に何かを作るって
それだけでワクワクします。
でも、考えれば考えるほど
これはただの大人の文化祭で終わらせたくないと思うようになりました。
もちろん作る過程は楽しくしたいです。
できる人が、できることを持ち寄る。
絵が得意な人。
言葉が好きな人。
デザインを整える人。
印刷や出版について調べる人。
SNSで広める人。
感想を伝える人。
「これ、わかる」と声をあげる人。
それぞれの小さな「できるかも」が集まって、ひとつの形になっていく。
このプロセス自体が、すごくMIRAISらしいと思っています。
でも、その先にちゃんと誰かに届く作品にしたい。
今、子育てでいっぱいいっぱいになっている人が読んで
「ああ、私だけじゃなかった」
と思えるもの。
復職前に不安でいっぱいの人が読んで
「揺れていてもいいんだ」
と思えるもの。
子どもと一緒に読みながら、親自身が少し救われるもの。
そしていつか、子どもが大きくなったときに
「私はこんなにも愛されていたんだ」
と感じられるもの。
そんな絵本にしたいです。
「私には何もない」と思っている人へ
このプロジェクトは、一人の圧倒的な天才がいればできるものではありません。
むしろ、いろんな人の「ちょっとした得意」が
パズルのように組み合わさらないと、絶対に形にならないと思っています。
物語の言葉を紡ぐ人。
それに合う絵を考える人。
デザインを整える人。
印刷所を探す人。
お金のことを考える人。
広め方を考える人。
感想をくれる人。
自分の子育ての気持ちを少しだけ言葉にしてくれる人。
全部、必要なピースです。
MIRAISにいるとよく感じることがあります。
みんな、自分のことになると
すごく過小評価しがちです。
「私には何もできないです」
「特別なスキルはないです」
「見るだけで大丈夫です」
でも私は、本当にそうかなと思っています。
誰かの一言が、物語の種になることがある。
誰かの違和感が、企画をよくすることがある。
誰かの感想が、必要な人に届く導線になることがある。
「絵は描けないけど、文章の推敲ならできるかも」
「制作はできないけど、SNSで広めるお手伝いならできるかも」
「言葉にはできないけど、この気持ちはすごくわかる、と伝えることならできるかも」
その「できるかも」が、作品を前に進める力になります。
私はこのプロジェクトを通じて
MIRAISの中にある感情や才能が交差する場所を作りたいです。
一人では絶対に作れないものを、みんなで作る。
そのための場を作ることが
私の役割なのかなと思っています。
できるかもを、形にする工房として
私が最近、自分の中で大切にしている言葉があります。
できるかもを、形にする。
MIRAISえほんは、まさにその挑戦です。
最初から完璧な計画があったわけではありません。
むしろ、わからないことだらけです。
自費出版っていくらかかるの?
絵本って何ページ必要なの?
クラウドファンディングはできるの?
販売するならどうするの?
そもそも、どんな言葉なら本当に届くの?
調べれば調べるほど、現実が見えてきます。
正直、簡単ではありません。
でもだからこそ面白い。
「できたらいいね」で終わらせずに
「じゃあ、どうしたらできるかな」と考えてみる。
まだ名前のない感情に、物語という器をつくる。
今しか残せない親の気持ちを、絵本という形にする。
みんなの「できるかも」を持ち寄って、ひとつの愛の記録を作っていく。
それが、私がMIRAISえほんでやりたいことです。
まずは、いきなり完成形を作るのではなく
コミュニティの中で言葉の検証から始めていきたいと思っています。
うまくできなかった日も、あなたを愛していました。
この言葉に、どれだけの人が心を動かされるのか。
「私もそうだった」と思う人がいるのか。
「未来の子どもに残したい」と感じる人がいるのか。
そこから丁寧に確かめていきたいです。
今しか残せない愛を、形にする
子育ての渦中にいると
自分の気持ちを残す余裕なんてなかなかありません。
毎日を回すだけで精一杯です。
今日を終えるだけで、もう十分すぎるくらい頑張っています。
でも、だからこそ
今の気持ちには価値があると思っています。
きれいに整理された言葉ではなくていい。
立派な親の言葉でなくていい。
未熟で、揺れていて、迷っていて、それでも愛していた。
その気持ちを、なかったことにしたくない。
MIRAISえほんは、子どものための絵本でありながら
きっと親である私たち自身のための絵本にもなると思っています。
いつか誰かがこの絵本を手に取ったときに
「この気持ち、私も知ってる」
と思ってくれたら。
そして、未来の子どもたちがこの絵本を読んだときに
「完璧じゃなかったかもしれないけど、私はこんなにも愛されていたんだ」
と感じてくれたら。
それだけでこのプロジェクトには大きな意味があると思っています。
まだまだ手探りです。
現実的な課題もたくさんあります。
たぶん、この先も何度も頭を抱えると思います。
でも、もう動き出しています。
MIRAISだから作れる絵本を。
今の私たちだから残せる物語を。
そして、未来の子どもたちへ手渡す愛の記録を。
みんなの「できるかも」を持ち寄って、形にしていきます。
もしこの言葉に、少しでも心が動いた方がいたら。
あなたの一言を聞かせてください。
「うまくできなかったけれど、愛していた日」
「未来の子どもに残したい言葉」
「絵本づくりで、少しだけ手伝えそうなこと」
どれでも大丈夫です。
コメントでも、DMでも大丈夫です。
まとまっていなくてもいいです。
その一言が、MIRAISえほんの種になります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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こんにちは🌞
記事の中にあった親の色んな気持ち、全部ウンウンと共感しつつなんだか涙が出そうになりました。この絵本、とっても読みたいなぁと思いました🌸